生きてこそ、とは言うけれど
分かる範囲でかんたんに失礼します。間違っている箇所がありましたらご指摘よろしくお願いします。
14日の親善試合・チリ戦は中止になったようです。
日本語ニュースでも出てました。
悲報を受けて、ドイツ対チリ戦の親善試合が中止に(Goal.com)
やはりチームにとっても大きな打撃だったようです。
会見の際にビアホフマネージャーが涙を見せたというのですが、映像をまだ見ておりません。
あとは、DFBのサイトによりますと、ツヴァンツィガーDFB会長とコーチングスタッフ全員、レーヴ監督、バラック主将が、今晩ハノーファーで行われるらしい、エンケ追悼セレモニーに出席する予定である、と読めます。(こちら)
さらに、エンケ夫人テレザさんと、かかりつけのドクターも会見を行ったようです。
そこで明かされたのは、自殺の原因がいまひとつとはっきりしないと聞いて、もしや、と思われた方も多かったかも知れませんが、やはり。というべきか、まさか。というべきか、エンケがうつ病を患っていた、という事実でした。
少しも知りませんでした。気が付きませんでした。
それもそのはず、エンケ本人の強い希望で、病気のことは絶対に秘密にしていたのだそうです。
病気は2003年、バルセロナに在籍していた頃から(ちなみに当時の監督はファンハール)。
「病気のことを公にしないよう隠しているのは難しいことでした。全てを失うことを恐れていた彼の希望だったのです。後になって思えば、これは常軌を逸したことでした」(テレザさん)
また、エンケは、自殺の計画を秘密にしていた最後の数日間について、関係者たちに、だましていたことを謝罪する内容の遺書を残していたことも、これはドクターが明らかにしたようです。
そして彼が死んだのは治療施設に入院することを拒否したその日であるらしいと…。
夫人は、インタンブールやバルセロナでの日々は厳しいものだったけれど、共に乗り越えて来た、ララ(二人の実娘)の死でさらに結びつきが強まって、今できることをしようと思ったのでした、と言ってるようですが、ちょっと自信がありません。。。大事なところなのに…。
エンケはその後、養子に迎えたライラちゃんのことを愛するあまり、父親がうつ病だということが周りに知れたらどうなるのだろう、ということを気にして、治療に対しては消極的だったようです。
「私は彼に、将来のことや希望を与えるよう努力してきました。サッカーがすべてじゃない、と言いました。私たちにはライラがいるじゃない!ララがいたじゃない!」
だけどエンケはサッカーに対しては前向きだったようです。
「私はいつもそばにいました。トレーニングの間も。サッカーはすべてでした。人生の特効薬。支えであり、力でした。彼はチームのために貢献しようとしていました。バルセロナにいた時でさえ。(最後の文がわからない)」
・・・・・・・・。
適当すぎてざっくばらん過ぎてごめんなさい。かなり不正確ですので、あまり信用しないでください。語学の不自由な自分が心底もどかしいです。
参照リンクはこちらですので、ドイツ語に覚えのある方はご確認いただけましたらさいわいです。(読むのがつらい内容ですが…)
ただ、わからないなりに感じるのは、自分の病気を悟られたくないというエンケの壮絶な決意、そこまで恐れるのも病気のなせる業なのではないかとも思いますが、ともかく、彼がずっと大きな不安や恐怖と戦っていたこと、そしてその戦いを支えてきた夫人の途方もない苦労です。
私は医者ではないので、うつ病のエンケに対してどういう風に対処するべきだったのか、などということを意見することはできません。
ただ、こういう病気の人に、死ぬな!と口で言っても難しいんだろうなというのは、雑学的知識としてなんとなくわかります。
その場にいて物理的に引き留めない限り、ひたすら死に向かって視線を定めていた彼を、誰も止めることはできなかったのかも知れない、と思います。
けれど、エンケがよりどころとしていたらしいサッカーは、結局、彼を救うことが出来なかったのか、ということは、とてもくやしいです。
今後、サッカー選手のメンタル面でのメディカルのあり方について、活発な議論がなされていくかも知れませんね。
こんな形で有望な選手を失くすのは、耐えられないことです。もうこれきりにして欲しい。
エンケは苦しみから逃れて今、先に待っていたお嬢さんと天国で楽しく遊んでいるに違いない。
そう信じることが、残された者たちのせめてもの救いなのかも知れません…。
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名前:コリアンダー































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